養育費とは、子が社会人として成熟し、独立自活できるまでの必要な費用のことをいいます。
離婚をしても親子の絆や権利義務は無くなりませんので、父母双方ともに、子が社会人として独立自活できるようになるまで養育(扶養)する義務があります。
福岡高裁 昭和52年12月20日 決定
「両親は親権の有無に関係なく、それぞれの資力に応じて未成熟子の養育費を負担する義務を負うものであり、親権者となった親が第一次的に扶養義務を負担すべきであると解することはできない。
この養育費は、子供を養育するために必要な一切の費用のことであり、衣食住に関する費用や教育費、医療費、および適度な娯楽費などが含まれます。
塾の費用や受験料・学校等の授業料・教材費・クラブ活動費等も含まれますが、個人的趣味に基づくピアノのレッスン代や日本舞踊の稽古代につちえは含まれないとした審判例もあります。
養育費に関しては、平成24年4月1日から民法改正により、父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者、父又は母と子との面会及びその他の交流、子の監護に要する費用の分担その他の子の監護について必要な事項は、その協議で定める(民法766条)ということが明文により規定されました。
また、この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならないとされています。
民法766条(離婚後の子の監護に関する事項の定め等)
父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者、父又は母と子との面会及びその他の交流、子の監護に要する費用の分担その他の子の監護について必要な事項は、その協議で定める。
この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならない。
この民法正により、離婚届の様式も変更され、面接交流および養育費の取決めの有無の記載欄が設けられています。
養育費の支払義務は、自分と同程度の生活を保障する義務(生活保持義務)だとされており、低所得であることを理由に養育義務を免れることは出来ません。
また、自己破産した場合でも、子どもの養育費は「非免責債権」とされており、支払義務は、なくなりません。
もっとも、現実問題として、全くの無収入となった場合は、支払可能額はゼロになります。
また、養育費の支払義務者が生活保護受給者や年金受給者となった場合、これらの公的扶助は差押禁止財産となっているため、実質的には回収することが不能になります。
一般には、母が親権者となることが多く、育児のために仕事するにも時間的な制約を受けることから、父が不足分の養育費を支払う、という形を取ることが多いです。
なお、実際に養育費を継続的に受け取っている母子家庭は全体の19.7%、父子家庭は全体の4.1%しかいません。
これは、「相手とかかわりたくない」「子どもを会わせたくない」などの父母間の感情的な対立も大きな原因の一つになっていると思われます。
養育費の金額
養育費の金額は、必ずしも法律で決まっているものではありません。
父母それぞれの経済的事情や離婚後の生活状況などを踏まえて、話し合いで決めることが原則です。
原則として、父母間の協議においては、金額や支払時期は自由に取り決めることが可能です。
ただし、父母間の協議が調わないときや協議することができないときは、家庭裁判所で調停・審判手続きを行なうことになります。
養育費の月額をいくらにするかということは法律で定められるものではなく、父母それぞれの経済収入、離婚後の生活を踏まえて、話し合いで養育費を決めていくことになります。
おおよその相場というか目安として、裁判所による「司法統計」と厚生労働省による「全国母子世帯等調査」があります。
~1万円 | ~2万円 | ~4万円 | ~6万円 | ~8万円 | ~10万円 | |
---|---|---|---|---|---|---|
全体 | 5.7% | 14.6% | 38.9% | 21.2% | 8.2% | 5.3% |
子が1人 | 5.8% | 16.6% | 45.1% | 19.6% | 6.1% | 3.3% |
子が2人 | 5.4% | 12.2% | 34.9% | 23.1% | 11.1% | 6.0% |
子が3人 | 6.1% | 12.4% | 24.6% | 23.1% | 7.8% | 12.6% |
子が4人 | 6.9% | 16.5% | 22.9% | 17.0% | 8.5% | 8.0% |
子が5人以上 | 13.8% | 17.2% | 10.3% | 27.6% | 17.2% | 6.9% |
※~「平成25年度司法統計」より~ ※母を監護者とした離婚調停総数16,210件に基づく |
上記によると、子どもの数が4人以内の場合、「月額2万円~4万円」と「月額4万円~6万円」のあたりが最も多いという結果になっています。
また、厚生労働省による「全国母子世帯等調査」における統計調査によると、全体としては、母子家庭で月額平均約4万3000円,父子家庭では約3万2000円となっています。
1人 | 2人 | 3人 | 4人 | 総数 | |
---|---|---|---|---|---|
母子世帯 | 35,438円 | 50,331円 | 54,357円 | 96,111円 | 43,482円 |
父子世帯 | 28,125円 | 31,200円 | 46,667円 | ━ | 32,238円 |
※~厚生労働省「平成23年 全国母子世帯等調査」より~ |
養育費算定表
養育費を決めるときに参考にされる資料として、平成15年に東京と大阪の裁判官らが作成した「養育費算定表(東京・大阪養育費等研究会)」というものがあります。
実際の家庭裁判所の調停や審判、および訴訟などの裁判実務においても、この算定表が基準として参考にされています。
ただ。この「養育費算定表」は、あくまでも公立学校へ通った場合を基準としており、実際の地域別の物価や賃料相場などは考慮されていません。
そのため、金額水準が低いと批判を受けることも多くあり、実際の審判や裁判においては、もっと高額の養育費が認定されているケースもあります。
よって、あくまでも「参考材料」の一つとしてご利用いただけると良いかと思います。
養育費算定表の注意点
婚姻費用や養育費の算定表というものは、東京・大阪の裁判官が共同で研究して作成したものであり、簡易迅速な解決を図るために家庭裁判所が参考として活用しているものですが、必ずしも、その算定表通りとおりに調停での審判の決定や裁判のおける判決が出されるというものではりません。
特別な事情による介護養育や教育費その他の費用負担がある場合など、そのような事情経緯も総合的に考慮されます。
また、支払義務者が自営業者の場合で、赤字申告をしていたり、確定申告をしていない場合などは、売上に関する帳簿類、伝票類、通帳その他の口座明細、などをもとに収入を算定して判断するケースもあります。
日本弁護士連合会による新算定表に関する提言
裁判所から採用されているものではありませんが、2016年11月15日に、日本弁護士連合会が、養育費算定表が法の趣旨や現実に即していないとして、独自に新たな養育費の新算定表を提言しております。
参考までに下記のとおりリンクを貼っておきます。
養育費・婚姻費用の新しい簡易な算定方式・算定表に関する提言
https://www.nichibenren.or.jp/activity/document/opinion/year/2......
提言全文(PDF)
https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/20.....
提言補足資料(PDF)
https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/20.....
新算定表(PDF)
http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/201.....
養育費の支払時期
親権は成人に達するまで、父母(民法818条)、または父母の一方(民法819条)が有し、親権者には、監護の権利と義務があります(民法820条)。
そして、養育費は監護に要する費用である(民法766条)ので、一般に養育費の支払義務は成人するまでとされています。
民法第818条(親権者)
成年に達しない子は、父母の親権に服する。
民法第819条(離婚又は認知の場合の親権者)
父母が協議上の離婚をするときは、その協議で、その一方を親権者と定めなければならない。
2 裁判上の離婚の場合には、裁判所は、父母の一方を親権者と定める。
3 子の出生前に父母が離婚した場合には、親権は、母が行う。ただし、子の出生後に、父母の協議で、父を親権者と定めることができる。
民法第820条(監護及び教育の権利義務)
親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。
民法第766条(離婚後の子の監護に関する事項の定め等)
父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者、父又は母と子との面会及びその他の交流、子の監護に要する費用の分担その他の子の監護について必要な事項は、その協議で定める。
この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならない。
しかしながら、成人をしていても、親族間には扶養義務があります。
民法第877条(扶養義務者)
直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。
子が20歳を過ぎても、大学に進学して独立・自活出来ていない場合や、障害をもっていて介護や付き添いが必要な場合などは、未成熟子と考えられます。
この「未成熟子扶養義務」の内容は、子の福祉の観点から、経済的に独立して自分の生活費を獲得することが期待出来るまでの期間の「生活保持義務」であるとされています。
「生活扶助義務」
自分の生活を犠牲にしない限度で、被扶養者の最低限の生活扶助を行う義務
「生活保持義務」
自分の生活を保持するのと同程度の生活を被扶養者にも保持させる義務
そのため、裁判所の審判や判決によっては、学校卒業まで、もしくは、その生涯死ぬまでの扶養費の支払義務が命じられる場合もあります。
東京高裁平成12年12月5日決定
「4年制大学に進学し、成人に達した子に対する親からの学費等の扶養の要否は、当該子の学業継続に関する諸般の事情を考慮した上で判断するべきであって、当該子が成人に達しかつ健康であることをもって直ちに当該子が要扶養状態にないと判断することは相当でない」
養育費の不支給の定め
養育費を支払わない…「不支給」の定めをすることは、原則として、父母間で自由に取り決めることは可能です。
ただし、その不支給の定めをした理由や、養育費以外の財産分与の有無その他の事情によっては、将来的に、合理的な理由が無いと裁判所に判断される可能性もあります。
仮に養育費の支給を受けている側が再婚をし、その連れ子と再婚相手が養子縁組をした場合、主たる養育義務者は養親となりますので、調停や裁判においては、減額ないし養育費の支払停止が認められる場合もあります。
ただし、事前に「再婚したら支給を停止する」という趣旨を定めることについては、公正証書においては、公証人によっては認めてもらえない場合が多いのでご注意下さい。
また、養育権(養育費請求権)は、子供の固有の権利を監護親が代理人として行使しているだけですから、双方の親の合意によって放棄・免除した場合でも、子は、必要に応じて、自らの扶養請求権に基づいて、養育費の請求を行う余地があると考えられています。
養育費の支払方法
養育費は、日々の生活において発生する生活費であるので「分割払い」が原則です。
「一括払い」にしてしまうと、途中でもしも死亡した場合にどうするのか、という問題も生じますし、本来、事情の変更によって金額が変わるものなので、特別な事情がない限り、一括払いは、裁判所でも認めていませんし、公正証書の作成においても、公証人が拒むケースが多いです。
「特別な事情」というのは、支払義務者が余命宣告を受けていたり、不慮の事故や病気で就労不能であったり、長期にわたって海外から帰国出来ない、もしくは、刑務所に長期服役している、などのケースが考えられます。
なお、一括して受け取ると、贈与とみなされ、税金(贈与税)が発生してしまう可能性がありますので注意が必要です。
贈与税を非課税にするには、信託銀行が扱っている「養育信託」という方法があります。
これは、養育費を支払う側が一括または積立として信託銀行に預け、支払を受ける側が、信託銀行より毎月、定期給付として受け取る、という方法です。
信託契約中は勝手に解約することが出来ず、解約する場合は元夫(妻)と子供双方の合意が必要なため、養育費の支払いが確保されるメリットもあります。
養育費の遅延損害金
養育費の支払に関する定めは、金銭債務ですので、定めた期日に支払がされなかった場合、その遅延した日数に応じて遅延損害金を支払う定めをすることは可能です。
民法第419条(金銭債務の特則)第1項
金銭の給付を目的とする債務の不履行については、その損害賠償の額は、債務者が遅滞の責任を負った最初の時点における法定利率によって定める。
ただし、約定利率が法定利率を超えるときは、約定利率による。
遅延損害金の具体的な利率を定めていなかった場合、法定利率となります。 法定利率は、2020年4月1日以降、2023年3月31日までは、年3%となっております。
民法第404条(法定利率)
利息を生ずべき債権について別段の意思表示がないときは、その利率は、その利息が生じた最初の時点における法定利率による。
2 法定利率は、年3パーセントとする。
養育費の時効
養育費は、日々生活していく上で必要となる生活費であり、その都度生じる債権です。
具体的な金額や支払方法を定めていない場合、調停や裁判においては、申立をした後の分しか認めず、すでに過ぎている過去の未払分の請求を認めないことが多いです。
もっとも、支払う金額や支払方法を書面で定めた場合には、定期給付債権となり、各回の返済期日から5年間は時効にかかりません。
民法第169条(定期給付債権の短期消滅時効)
年又はこれより短い時期によって定めた金銭その他の物の給付を目的とする債権は、5年間行使しないときは、消滅する。
確定判決、審判、裁判上の和解、調停等確定判決と同一の効力を有するものによって確定した場合、過去の未払分は消滅時効の期間は10年に延長されます(民法174条の2第1項)が、将来的な未到来の養育費は5年で時効にかかります。
養育費の保全
いくら公正証書として作成しても、支払う側が不慮の怪我や病気、死亡などで収入を絶たれた場合、養育費の支払いを受けることは出来ません。
養育費で定める項目
養育費については、おおむね以下のような事項を定めます。
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養育費の額の変更
原則として、両親には子供を扶養する義務があり(民法第877条第1項)、この扶養義務は父親と母親が離婚した場合でも、離婚後にいずれか一方が再婚をした場合でも変わりません。
ただ、その子どもが監護養育する実親の再婚相手と養子縁組した場合、法律上の親子関係が生じますので、主たる養育義務者(一次養育義務者)は同居する養親になりますので、養育費の支払義務の免除を相手に求めることが可能です。
いずれか一方の家計が再婚により経済的に豊かになった場合、または、不慮の事故や倒産、子どもの数の増減などが生じた場合には、支払うべき額の増減を求めることも可能です。
また、家庭裁判所は、扶養にかかる協議又は審判があった後事情に変更を生じたときは、その協議又は審判の変更又は取消しをすることができるとされています(民法第880条)ので、失業や収入の増減、扶養家族の増減などの事情によって、家庭裁判所に養育費の支払い金額の変更や取り決め条件の取り消しを求めることが出来ます。
民法880条
「扶養にかかる協議または審判があった後事情の変更が生じた時は、家庭裁判所は、その協議又は審判の変更又は取消しをすることが出来る」
ただし、養育費というのは、双方の収入、およびお子様の年齢と人数によって、将来を見据えて決定したものです。 本来、お子様の将来や日々の生活に関わることですから、一度決めた養育費は、簡単には変更しないのが大原則です。
増額や減額が認められる理由としては、支払う側の収入が減ったり、受け取る側の収入が増えたり、あるいは、再婚後の出産や養子縁組によって扶養家族の人数が変更したり、などの場合があります。
なお、実際の裁判例においては、やむを得ない理由で無職や低収入になっているのか、合理的事情がないのに単に労働意欲を欠いて本来の稼働能力を発揮していないのか、等も考慮されます。
そして、減収や退職の理由、従前の収入、職歴、健康状態、学歴、資格の有無、年齢、再就職や増収の困難な事情の有無、等、事案ごとに、様々な事情によって判断されます。
養育の額の減免において裁判所が認める「事情の変動」には以下のようなものがあります。
- 倒産や事件・事故など、やむを得ない事情で失業してしまった場合
- 一方の収入が減少または増大した場合
- 一方が再婚して経済的な状況が大幅に変動した場合
- 扶養する子供の人数が増えた(または減った)場合
養育費の公正証書の文例
養育費の公正証書の文例は、下記ページよりご覧ください。